変奏なのだ、これは。
彼はといえば、重荷を背負い、坂をのぼったりくだったりしていた。坂が多い街なのだ、横浜は。名高い女子校は丘のうえにあった。坂と運河が元町と寿町を分けた。丘のうえには名高い教会があり、そのすじでは名高いプールつきの邸宅があり、丘のむこうの基地はすでになかった。仕立ての良い制服と透徹を身にまとい、彼は歩きつづけた。そのころの彼は、なにしろ、モールトンを手に入れてなかった。
いまもって。いまなお。
長い髪を切った少女が「ぼくたちの失敗」を唄うのを眺める彼は、唇をしめらすアルコールと同じくらい引きのばされたあらゆる二度めのものどものことを思った。育ちのよい少女がカラオケボックスを去り、身持ちのよろしい少女が石川町の改札に消えてもなお、彼はそのことを思いつづけた。
「ぼくは上京するぜ」と、彼は言った。少女は首をかしげると、切りそろえられた前髪が微笑した。「莫迦じゃない」と、少女は身をひるがえした。彼が神田川沿いの風呂なしのアパートに住むのは、それからもうすこし先の話だ。
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